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穴八幡宮参拝後、宮沢賢治が滞在していた当時の雰囲気が残る「日本女子大」と「永楽病院」の建物を見に行ってみた

宮沢賢治と東京
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スタートは地下鉄の早稲田駅

今日は地下鉄東西線 早稲田駅から始まります。本日、推し活で上京した相棒カナちゃんが穴八幡宮に詣でたいとのこと。 穴八幡宮から早稲田大学を抜けて、1時間半で賢治さんの妹に関係した場所に、カナちゃんを案内します!

お気に入りのファミリーマート

早稲田駅前のファミリーマートは楽しいのでお立ち寄りを! 

なんと、店内半分ガチャコーナー「カプセル薬局」!直近リリースされたガチャが大体あるラインナップです。「ぅわー、こんなのあるよ!」ガチャって、見てるだけで話が盛り上がります(笑)

穴八幡宮

カナちゃんが「駅から見えるんじゃん!」と感激してます。早稲田駅を出ればわかる穴八幡宮。

SpecialThanks!:Photo by カナ「見返りナギノ」

「穴八幡宮」に参拝。カナちゃんが一陽来復御守をお返ししに来たのです。 一陽来復御守の頒布は終わっているのですが、参拝者が絶えません。

一陽来復御守りとは?

「一陽来復御守」というのはこれです。

アトリエナギノの壁

節分の日の夜、0時にペタッと。すると、金銀がやってくるのです!

穴八幡宮の後は、早稲田大学の方面へ向かいます。宮沢賢治さんが東京に憧れていた時代の、素敵な雰囲気の建物を探す探検のはじまりはじまり〜♪

早稲田大学のエリアへ

早稲田大学!という感じのシンボル「大隈講堂」の前を通り抜けていきます。1927年(昭和2年)に竣工しているので、一応こちらも賢治さん存命の時代の建物ということになるのでしょうか。

神田川を渡ります。

神田川を渡ると、なんとなく道路の雰囲気が変わって「文京区っぽい」感じに。

遠くに「東京カテドラル聖マリア大聖堂」の先端が見えます。 パイプオルガンが素晴らしいとのこと。聴いてみたいなぁ…

日本女子大学

目白通りに出て左折。「日本女子大学成瀬記念講堂」です。1906(明治39)年に建設。1923(大正12)年の関東大震災で大きな被害を受け、木造建築の「豊明講堂」として復興再生しました。

日本女子大学は、宮沢賢治さんの妹トシさんが通っていました。在学時の1915年4月〜19年は関東大震災被災前なので、日本女子大ホームページの説明によれば外壁は復興前の煉瓦壁の時代ということになります。

ステンドグラスは創建時のままです。

賢治さん、トシさんの見たまま…とはいきませんでしたが、雰囲気を味わうことができました。中は当時のままの部分が多いようなので、機会があれば是非見てみたいです。

永楽病院の守衛所

日本女子大学成瀬記念講堂前から護国寺駅方向へ徒歩7分。同じくトシさん繋がりで1918年12月20日に入院した「東京帝国大学医科大学附属医院分院(通称:永楽病院)」です。

永楽病院は無く、守衛所の建物だけが当時のまま残されています。一部分ではありますが、当時のままです。

病院に出入りする人々を見守っていた建物であり、トシさんを見舞って賢治さんがこの前を忙しなく出入りしていたのだろうなぁ…と。賢治さんが牛乳・卵・塩を持ち込んで、病院の氷と器械で(毎日?)アイスクリームを作って食べさせていた現場もここです。

可愛らしい見た目なので素敵な感じで想像していましたが、説明板によると「官費で診察するなど、医療費を払えない人達を救済する役割を担ってきた」とあります。先進的でありながらも、官営の簡素な感じの病室を想像します。また、ここは胃カメラ誕生の地でもあったようです。

宮沢賢治さんが、妹の看病のために上京し、下宿しながら看病をした話をしながらなんだかすごい坂を下ります。

護国寺駅

坂を下り切ると有楽町線護国寺駅です。

目の前の講談社本社の建物がすごい!こちらも歴史のありそうな建物です。1933(昭和8)年建設。賢治さんの没年と同じ年ですので、関係はないのですが同時代の建物ということで…こういう建物好きだなぁ(個人の感想です)。

駅に降りると、講談社社員専用の通用口がありました。大手出版社、さすがです。

1時間半の「神社と賢治の東京観光」を満喫したので、仕事をしに横浜に行きます!

おしまい。

リンク

過去の穴八幡宮詣での記事

日本女子大から雑司ヶ谷駅に向かうと明治40年(1907年)建築の洋館などがあって、そちらも素敵なのです。参考に過去記事を貼っておきます。