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国中会館はどこだったのか?

宮沢賢治と東京

宮沢賢治さんが1921年(大正10年)に家出して通っていた国中会館。上野にあると思い込んでいたのですが、要伝寺のブログに書かれている一文に「え?そうなの?」と驚き、とりあえず行ってみました。

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要伝寺ブログの一文

国柱会館は、当山(要傳寺)と言問通りを挟んだ向かい側に所在していたことが知られている国柱会館」草創期の所在地を示す史料を発掘|法住山 要伝寺ブログより抜粋)

鶯谷駅です。ちっちゃい一軒家風の駅。実は日暮里駅が近いので、谷中茶屋街を見てきた続きで歩いてきました。

長い跨線橋。もう少し北上した田端にJRの車両基地があるのでここも鉄道見るのにうってつけなロケーションなのですが、田端・日暮里周辺と違って立ち止まって見ている人は居ません。

跨線橋を渡り切って階段を降りようとすると、正面に要傳寺が見えました。近いです!

飲食店が並ぶこの通り、角が要傳寺正面になるわけですが、何軒目まで国中会館だったかは知る術は無く…。

角のお店は「富士そば」でした。銀だことコラボしている蕎麦が気になります。

鶯谷駅から5分とかからない、ものすごくアクセスの良い場所だということはとりあえずわかりました。

通しで歩いていないのですが、国中会館・帝国図書館・下宿先・文信社…徒歩の生活圏ですね。実測で歩いてみなきゃですよね;次は徒歩生活圏に絞って歩いてみますね。というわけで、上野駅から帰ります。