
4/26〜2日間、関西方面に取材に行ってきました。途中で新幹線から見た富士山が、絵に描いたように美しいです!

良いお天気に恵まれて、京都駅もキラキラ。

最初に向かったのは、清水寺。実は、清水寺の敷地内に、今から約1,200年前の岩手の英雄「阿弖流為(あてるい)」の碑があるので行ってみたいと思います。

バスを降りてから坂を上るのですが、その途中にもお寺やお堂が。

そこで目が止まったのは「真福寺大日堂」です。

ここの大日如来像が、なんと東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市の高田松原の松を材料にしていました。

地元に残されたのは1本の松ですが、何万もの流された松たちの一部は仏になって京都にいたのです。阿弖流為の碑に会う前に、ここにも京都に流れ着いた岩手が。

はじまりから心がざわざわする京都清水。落ち着けるために、もうさっそく生八ツ橋を食べちゃいます♪

5個入りパックを店先でちょこっといただけるのが嬉しいです。いちご味とかラムネ味とかありますが、王道のニッキが好きかな。甘さが心に沁みます。数ヶ月前に松原が失われた海岸とようやく向き合ったばかりだったので、予期しない再会に心が揺さぶられました…

清水寺に着きました。9時でこの、人人人!

これで空いているほうなんですって。

流石の清水寺、どこを撮っても映えます。

清水寺、本堂の足場もすごくてさすがだったのですが、一番人気の撮影スポットは「今年の漢字」の場所!

京都市街一望です。

上から見る音羽の滝。修学旅行で盛り上がりましたね。

三本の水のそれぞれに「延命長寿の水」「恋愛成就の水」「学問上達の水」といわれていますが、けっこうガイドさんも言ってることがバラバラで。でもそういうのが楽しいんですよね。

…確証がないようなので、「黄金水」「延命水」と呼ばれる水の霊験とご利益を信じて、一口いただきます。

さてさて、ここでようやく本題です。本堂下を通って、一番行きたかった場所へ…
阿弖流為 母禮之碑(アテルイ・モレのひ)

目的の石碑です。平安時代、朝廷の使い・坂上田村麻呂が行なった東北侵略に対し、岩手県南部、胆沢(いさわ:岩手県奥州市水沢付近)の部族をまとめて長年抵抗した指導者「阿弖流為」の顕彰碑です。岩手の英雄を顕彰する碑が、対立した朝廷があった京都の清水寺の敷地内にあります。不思議ですよね。「蝦夷」と朝廷に呼ばれた民は、文字を持たなかったため、侵略された側の歴史は残っていません。

歴史は朝廷サイドの記録に寄ってしまいますが、坂上田村麻呂は敵である阿弖流為と母禮の助命を朝廷に嘆願しました。そのつながりで、田村麻呂ゆかりの寺である清水寺に1994年に顕彰碑が建てられました。斬首された場所は大阪で、首塚と伝えられている跡があります。

水沢で生まれ育つ者ですら、学校の授業では郷土の英雄を「蝦夷」と呼び、侵略した側を「正」とする記録で歴史を学びます。阿弖流為を知る難しさ、伝える難しさしか無い中ではありますが、存在そのものが、人の営みは簡単に割り切れることでは無いことを伝えてくれています。
阿弖流為のことを、これからも機会あるごとにお伝えできればと思います。ここから始めるという決意表明で訪れたかった場所です。来れて良かった…岩手の高校生は、音羽の水で終わらずに、ぜひここにも立ち寄って欲しいです。

バスに乗って移動します。バス停にはボランティアさんがいて、楽しいお話を聞かせていただきました。御所を基準に地図の北が「上る」、南が「下る」。東西は「東入(ひがしいる)」「西入(にしいる)」で表現されてると。夕方のバスは、乗れないほど混むそうですよ。

